# 第２回「国光―国産品種のグランドマザー！」

**著者**: 藤澤 充子（いいづなアップルミュージアム 学芸員 / 飯綱町）
**掲載誌・発行日**: 飯綱町広報紙 発行日／令和2年11月30日 / 広報いいづな（令和2年12月号・第181号）
**カテゴリー**: 歴史とルーツ | **連載回**: 第2回
**パーマリンク**: https://appletown-iizuna.com/charm/vol-02/

## 概要
今では、市場に出回らなくなり、目にすることは無くなったりんご―国光は、アメリカ・バージニア州原産でRallsJanetが原名で、1871年（明治４年)に北海道開拓使によって導入されました。当時、英語の原名は広がらず、北海道では「49号」、岩手県では「晩成子(おそなるこ)」、山形県...

## 本文と挿絵（章ごとの配置）

### アメリカ生まれのりんご、日本に根付く

今では、市場に出回らなくなり、目にすることは無くなったりんご―国光は、アメリカ・バージニア州原産でRallsJanetが原名で、1871年（明治４年)に北海道開拓使によって導入されました。当時、英語の原名は広がらず、北海道では「49号」、岩手県では「晩成子(おそなるこ)」、山形県では「キ印」。青森県では雪が降り出す時期でも、しっかりと赤い実をつけていることから、「雪の下」とも呼ばれていました。1900年（明治33年）に、全国共通の名称が付けられ、国光と呼ばれてきました。

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### りんご産業を初期から支えた国光

東北地方を中心に栽培面積は広がり、同時期にアメリカから導入された紅玉Jonathan等とともに、国光は明治末から大正・昭和と長年にわたって、日本の最主要品種でした。晩成種で、しっかりとしたやや硬めの果肉。糖度もあり、独特の旨さがあります。何といっても長期保存が出来るため、晩秋から翌年の初春まで販売できるメリットがありました。長野県では大正頃まで、倭錦BenDavis(※善光寺りんごと呼ばれた。)が、りんご栽培の中核でしたが、徐々に、市場が求める品種、国光・紅玉等の栽培面積を増やしました。

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### 国光に代わる新品種「ふじ」の登場

やがて、高度経済成長期になると、農産物の輸入自由化によるバナナ・オレンジ等の大量輸入や、生産過多によって、りんご余りに。実った果実を山や川に廃棄せざるを得ない状況となりました。（※山川市場といわれる。）こうした状況下で、国光に代わる魅力ある新品種が求められる中、関係者が大きな期待を寄せた品種がありました。戦前に青森の地で国光とデリシャスを交配し、第二次大戦を経て、岩手の地で育成された東北7号です。切望に答えうる卓越した品質を持つ東北7号は、1962年（昭和37年）に「ふじ」の名称で世に出たのでした。

![昭和初期のポストカード 上／岩手県 下／青森県](/img/charm/webp/vol-02-img-3.webp)
*昭和初期のポストカード 上／岩手県 下／青森県*

### やっぱり、「ふじ」は国光の血統

現在ではりんごといえばふじ、日本のみならず世界の主要な品種となりましたが、抜群の保存性・硬めの果肉・旨味のある甘さは、まさしく親品種の国光の持つ特徴に他なりません。国光は故郷のアメリカで、あまりポピュラーではないようですが、日本の風土に合い根付いて、日本生まれの品種には、近年国光の子ども「ふじ」を親にする品種が多くあります。国光は、これらの品種のグランドマザーとして、その血統を残しています。

## 参考文献・取材協力・根拠史料

- **『リンゴ品種大観・吉田義雄』**
  - 根拠・関連: 第2回における歴史的・植物学的記述、品種改良データ等の根拠資料
- **『青森県のりんご・杉山芬他』**
  - 根拠・関連: 第2回における歴史的・植物学的記述、品種改良データ等の根拠資料
- **『リンゴの歩んだ道・富士田金輔』**
  - 根拠・関連: 第2回における歴史的・植物学的記述、品種改良データ等の根拠資料
- **『品種改良の日本史・鵜飼保雄他』**
  - 根拠・関連: 第2回における歴史的・植物学的記述、品種改良データ等の根拠資料

